大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)2577号 判決

原告

霧生紀和子

ほか三名

被告

日本道路公団

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告霧生紀和子に対し金二四四九万三三三二円及び内金二三三二万六六六六円に対する昭和五一年九月一四日から、内金一一六万六六六六円に対する昭和五二年四月一二日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告霧生長芳、同霧生高子、同霧生義明に対し各金一六三二万八八八八円及び内金一五五五万一一一一円に対する昭和五一年九月一四日から、内金七七万七七七七円に対する昭和五二年四月一二日から各支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨の判決

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (事故の発生)

訴外亡霧生政芳(以下亡政芳という。)は、昭和五一年九月一三日午前六時四二分ころ、普通貨物自動車(相模四四ひ三一七二、以下原告車という。)を運転して神奈川県厚木市愛甲二七四一番地先の東名高速道路下り車線を進行していたところ、折から同道路上り車線を対面進行してきた訴外(分離前の被告)森山宗男(以下訴外森山という。)の運転する大型貨物自動車(横浜一一な五七二五、以下森山車という。)の後車輪一個が同車から脱落して飛来してきて当つたためその場で即死した。

2  (責任)

(一) 本件事故が起きた東名高速道路は、国土開発幹線自動車道路建設法三条、高速自動車国道法四条により建設された道路で、その管理運営は同法六条に基づき建設大臣が行なうこととなつているが、道路整備特別措置法二条の二に基づき右管理運営事務は被告に委任され、被告がこれを代行しているものである。

(二) しかして、被告は、右道路を自動車通行の専用道路と定め、これを使用する者から一定額の使用料金を徴収して多種多量の自動車の高速度による通行を許容しているのであるから、被告は、一般道路よりも自動車がより安全に走行できるよう本件道路を維持管理すべき義務を負つており、右のような高速道路においては対向車線を高速度で走行する自動車や、その自動車の積載する物品などが反対車線に飛来して、反対車線を走行中の自動車に衝突するなどの事故が発生することが予想されるのであるから、これを未然に防止するために、中央分離帯の幅員を充分に確保するか、もしくは中央線上に金網を張る等の措置を執るべきであつたにもかかわらず、これを怠り、本件事故現場附近における中央分離帯は約三メートルの幅員を確保したにすぎないうえ、同分離帯の両側には高さ約〇・二メートルの土台を含めて、道路面からの高さ約一・二メートルの鉄製ガードレールを設けたにすぎず、本件道路の設置管理に瑕疵があつたものというべく、このために本件事故が発生したものであるから、被告は主位的に国家賠償法二条一項により予備的に民法七〇九条により本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

3  (損害)

(一) 逸失利益

亡政芳は昭和一六年二月一日生れ(本件事故当時三五歳)の男子であり、その生前旭電化工業株式会社、旭鍍金工業有限会社の各代表取締役及び有限会社東北表面処理研究所の取締役として、昭和五〇年には給与所得だけでも年間金六〇〇万円の収入を得ており、仮に本件事故により死亡しなければ六七歳までの三二年間就労し、その間毎年右金額を下らない収入を得たはずであるから、同人の生活費として右金額の三〇パーセントを控除し、年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、同人の死亡による逸失利益の死亡時の現価は金七八九八万円を下らない。

(二) 相続

原告霧生紀和子(以下原告紀和子という。)は亡政芳の妻、原告霧生長芳(以下原告長芳という。)、同霧生高子(以下原告高子という。)、同霧生義明(以下原告義明という。)はそれぞれ亡政芳の子であり、いずれも亡政芳の相続人であるところ、原告らは、亡政芳の死亡により法定相続分に従い、前記(一)の損害賠償債権を原告紀和子は三分の一の金二六三二万六六六六円を余の原告らはそれぞれ九分の二ずつの各金一七五五万一一一一円を相続により取得した。

(三) 慰藉料

原告らは本件事故により亡政芳を失ない、原告紀和子は幼少の遺児三名を抱え若くして未亡人となり、他の原告らは幼なくして父を失ない、厳しい社会を今後は自らの力で生きてゆかねばならない不幸を強いられ、多大の精神的苦痛を被つたが、これを慰藉するには原告紀和子については金二〇〇万円、その余の原告らについては各金一三三万三三三三円が相当である。

(四) 損害の填補

原告らは、訴外森山から金一五〇〇万円の支払を受けたので前記(二)の法定相続分と同様の割合に従つて原告紀和子は金五〇〇万円を、その余の原告らは各金三三三万三三三三円を本件損害賠償債権に対する内払としてこれを充当した。

(五) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任し、昭和五二年三月二二日着手金として金五〇万円を支払い、また本件訴訟の認容額の五パーセントを報酬として支払う旨約し、その額は金三〇〇万円を下らないはずであるところ、右金三五〇万円については前記相続分に従い、原告紀和子は金一一六万六六六六円を、その余の原告らは各金七七万七七七七円を負担することとした。

よつて、被告に対し、原告紀和子は金二四四九万三三三二円及び内弁護士費用を除く金二三三二万六六六六円に対する本件事故発生の翌日である昭和五一年九月一四日から、内金一一六万六六六六円に対する本件訴状送達の翌日である昭和五二年四月一二日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金原告長芳、同高子、同義明は各金一六三二万八八八八円及び内弁護士費用を除く金一五五五万一一一一円に対する本件事故発生の翌日である昭和五一年九月一四日から、内金七七万七七七七円に対する本件訴状送達の翌日である昭和五二年四月一二日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、(一)の事実及び(二)のうち、本件事故現場附近の中央分離帯の状況が原告ら主張のとおりであることは認め、その余は争う。

本件道路は国土開発幹線自動車道建設法三条により自動車専用道路と定められ、高速自動車国道法四条一項二号に基づく政令により高速自動車国道に指定されたものであり、また、自動車の走行速度を決定する権限は、各都道府県公安委員会が有しているのである。したがつて、被告が本件道路を自動車専用道路と定めたものではなく、高速での走行を認めたものでもない。更に、本件道路通行に伴う料金徴収は道路整備特別措置法に定められているが、その立法趣旨は、道路の建設を通行者の料金負担で行なうことにより、我国の不備な道路網の整備を促進させるというものであつて、右料金は、その新設、改築、その他の管理に要する費用で政令で定めるものを償うものであり、その徴収期間も定められていて、受益者負担金というべきものである。この点において、事業者の徴収する料金が利潤を含み、その徴収期間も存しない、いわば私道たる当該自動車道使用の対価であるとみられる自動車道事業における使用料金とは異なるのであり、被告が料金を徴収しているからといつて特別の管理義務を負うものではない。

また、道路法三〇条に基づき制定された道路構造令(昭和四五年政令三二〇号)六条によると、中央帯は車線を往復の方向別に分離するため必要があるときに設けるものとされ、右中央帯は中央分離帯と中央分離帯両側の側帯とからなつており、本件東名高速道路のような右道路構造令上第一種第一級の道路にあつては側帯の幅員は各〇・七五メートル、中央分離帯は原則として三メートル、中央帯のうち側帯以外の部分は縁石線又は柵その他これに類する工作物により区画するものとされている。

なお、本件東名高速道路建設時には右現行道路構造令は制定されておらず、当時の旧道路構造令(昭和三三年八月一日政令第二四四号)には高速道路は考慮されていなかつたため、本件東名高速道路は、「高速自動車国道等の構造基準」(昭和三八年建設省道路局通達)に基づいて建設されたが、同基準における中央分離帯、側帯の各幅員は現行道路構造令と同様であり、構造については、中央分離帯は原則として車道面より高い構造とすると定められていたものである。

更に中央分離帯はその機能として、(1)往復車道の交通を分離する、(2)他の正常な車両の安全を確保する(分離帯へ進入した車両が対向車道へ突入することを防止する。分離帯へ一旦進入した車両が原車道へ復帰する場合他の正常な車両と衝突し又は交通障害となることを防止する。)、(3)中央分離帯へ進入した車の乗員の安全を確保する(進入した車の分離帯内での停止、又はコントロール回復、進入した車の原車道への復帰)、(4)側方余裕を保持する、(5)排水等の施設設置の場所、車道端又は線形の明示、(6)Uターン防止、(7)対向車の眩光防止の各機能が考えられているが、走行中の自動車の部品や積載物が対向車線に飛来することを防止する機能は考えられておらず、このような車両の整備点検、積載物の積載方法の安全確認等は当該車両の運転者に義務づけられているのであつて、特に高速道路を走行する場合にはその義務は一層高いものというべきであり、道路管理者は右義務の履行されることを信頼したうえで、道路の設置、管理に当ることは当然許されるべきであり、本件の如く走行中の車両の車輪が脱落して対向車線に飛来することまで予測する義務はないものというべきである。

したがつて、本件中央分離帯の設置、管理について何らの瑕疵はなく、被告に責任はない。

3  同3の事実はいずれも知らない。

第三証拠〔略〕

理由

一  亡政芳が、昭和五一年九月一三日午前六時四二分ころ、原告車を運転して神奈川県厚木市愛甲二七四一番地先の東名高速道下り車線を進行中、折から同道路上り車線を進行してきた訴外森山運転の森山車から脱落して飛来してきた後車輪一個が当つたためその場で即死したこと、及び被告が本件道路の管理運営を建設大臣から委任され代行していることは当事者間に争いがない。

二  原告らは、本件事故は、本件道路に設けられた中央分離帯の幅員が充分確保されず、かつ対向車線からの物品飛来の防止施設が不充分であつたために発生したもので、右の点において本件中央分離帯には瑕疵があつた旨主張するので以下判断する。

成立に争いのない乙第三号証、昭和五四年一月一七日に本件事故現場附近を撮影した写真であることに争いのない丙第三号証、証人吉川泰輔の証言により、本件事故後、破損タイヤ及びホイルの破損状態を撮影した写真であると認められる乙第二号証の一ないし一四、証人丸井令司の証言、被告(分離前)森山宗男本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、本件事故現場附近の道路は片側二車線で、道路中央部分には縁石で区画された高さ〇・二メートル、幅員三メートルの土盛り部分から成る中央分離帯が設けられでおり、右分離帯上にはその中央に、土盛りの高さを含めて高さ約一・二メートル程度の鉄製のガードレールが設けられている(以上の中央分離帯の幅員及びガードレールの設置状況は当事者間に争いがない。)外約一〇メートル間隔に木が植えられているが、その外には特に金網等は設けられていないこと、訴外森山は森山車を運転して上り車線のうちの左側車線を進行中、ダブルタイヤで二軸となつている外径一〇一九・四ミリメートルの左側後輪の外側タイヤが脱落し、同タイヤはそのまま転がつて行つて、ガードレールの上方を乗り越え反対車線に飛び込み、原告車に当つたものであることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

ところで、成立に争いのない丙第一、二号証及び弁論の全趣旨によると、本件道路の構造については、建設省道路局通達の「高速自動車国道等の構造基準」に基づいて建設されたもので、同通達では中央分離帯は原則として車道面よりも高い構造とし、その幅員については一ないし三級道路においては四・五メートルを標準とし、それによりがたい場合には三メートルまで縮少することができるとされており、その後昭和四五年に制定された道路構造令では、車線を往復の方向別に分離するため必要があるときは中央帯を設けるとともに、中央帯の側帯以外の部分は縁石又は柵その他これに類する工作物により区画するものとし、その幅員については、本件道路のような第一種第一級の道路にあつては四・五メートル以上とし、地形の状況その他特別の理由によりやむを得ない箇所については三メートルまで縮少することができるものと規定されているが、その高さ及びガードレール等の設置についてはなんら規定のないことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

以上認定事実に基づいて勘案するに、中央分離帯の幅員は、可能なかぎりこれを広くすることが望ましいことはいうまでもないが、我国のような狭隘な国土では自ら限度があることは明らかで、また、分離帯上に反対車線からの飛来物を阻止するに足る高さと強度とを持つた金網等を設置することも事故防止の措置として考えられないこともないが、その金網等が倒れた場合の危険性も考えなければならないから、これまた高さにおのずから限度があることが明らかである。そうだとするならば、本件中央分離帯が前記認定事実から明らかなようにその幅員において一応法令上の最低基準を充たしているうえ、分離帯上に高さ一・二メートルのガードレールが設置されているのであるから、本件中央分離帯に構造上の不備、したがつて本件道路の設置管理に瑕疵があつたものとすることはできず、また被告に過失があつたものとすることもできない。

三  よつて、主位的に国家賠償法二条一項、予備的に民法七〇九条に基づく、原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川昭二郎 片桐春一 金子順一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例